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- ©2023西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会
感情が溢れ出る。この映画のどこにそんなに感動したのか、よくわからない。言葉にしてしまうとなにかが違うような気がする、そんな淡く儚いなにかに心を揺さぶられた。
この作品は北極百貨店という動物たちが買い物に来るデパートの物語で、百貨店のスタッフは人間、お客さんが動物という不思議な世界を描いている。北極という名がついているけれどどうやら北極にあるわけではなさそう。動物たちを人間がもてなすという図式で描かれる裏テーマについては作中後半で説明されているが、そんなテーマ性をはるかに超えて、細かいエピソードの中に丁寧に描かれた小さな部分に突き動かされる。
予告編も一度も見たことがなく、この連載で扱う作品を決めるとき、単純にタイトルの響きだけで選んだ作品だった。完全にノーマークだったこの作品を見終えた直後、「この映画を多くの人に知ってほしい!」と強く思った。目立ったすごさはない。斬新な映像でもなく、驚きの展開もなく、壮大なストーリーもない。なのにこんなことはめったにないというほど涙が溢れた。
スクリーンであたふたしながら奮闘する新米コンシェルジュが、きっとあなたの心ももてなしてくれます。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
不思議な百貨店を舞台にしたアニメ映画だが、映画を見た後で知った情報によると、原作の漫画化さんは実際に百貨店で働いていたことがあるらしい。
この作品は動物たちが買い物をする百貨店が舞台になっていて、その店で働いているのは人間である。単にそういうファンタジーかというとそうではなく、その裏には少し重めのメッセージが込められている。
作中には客として絶滅種のお客さんというのが登場する。絶滅危惧種ではなく、絶滅種。すでに絶滅してしまった動物たちである。映画の中盤で、この絶滅種たちが絶滅した経緯が語られる。いずれも人間によるなんらかの要因で絶滅を強いられた種だ。特に印象的なのは、ある種が絶滅したのとちょうど同じころ、世界初の百貨店が誕生した、というエピソードである。人が必要からではなく欲望から買い物をするようになった時代。その象徴としての百貨店。百貨店反映の裏に人間の過剰な発展と、その結果としてもたらされる環境破壊、ひいては多くの生物たちの絶滅。人の繁栄の結果として絶滅に追い込まれた動物たちを、その悪夢の象徴である百貨店で人間がもてなすという図式。ある種の罪滅ぼしなのか、あるいは動物から見れば冒涜にもあたるかもしれない。ほんわかとしたやさしい絵柄で、コンシェルジュという接客業を描き、心配りと優しさを描いた作品ではあるが、その裏に込められているテーマはシニカルで重い。
中盤、この作品が見かけ通りのやわらかい作品ではないという意思表示かのように絶滅種に関する説明が入るのは、作り手からのなんらかのメッセージであろう。端々に深い意図を感じる。そのメッセージ性をわずかなスパイスのように潜め、大筋としては若きコンシェルジュのまっすぐさ、ひたむきさを描いている。このバランスが絶妙なことになっていて、稀に見るほど印象的な映画に仕上がっていると思う。出会えて本当に良かったと思う映画であった。