
- ©東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
東野圭吾の小説が初のアニメ化、ということで話題になっている作品だが、この作品は特にアニメ表現に向いていると言えるだろう。東野作品の中でもファンタジックな要素の多い作品であり、その神秘的なモチーフもアニメの表現と相性が良く、美しいアニメーションになっている。
不遇な環境で育った青年が道を踏み外し、そこへ差し伸べられた手を取って思わぬ世界へと導かれていく。中心となるクスノキにまつわる不思議な力は物語中盤まで伏せられている。ここに少々謎解きっぽい要素が無くもないが、それはメインではない。この作品はあくまでファンタジックなクスノキを中心に、人の心のつながりや、人生のさだめ、運命のようなものを描いている。一人一人に異なる境遇があり、誰もがそれぞれの問題を抱えている。自分の生にまったく関わらない他人もいれば、ふとしたことから繋がる他人もいる。血縁関係があり、血縁とは異なる関係もある。心が、想いが通い合うとき、新しい何かが始まる。運命は自ら切り開くものかもしれないが、きっかけは誰かがもたらすかもしれない。主人公が見つける悔恨と決意。それはきっと多くの人にとって、わが身を顧みるきっかけとなるだろう。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
序盤、逮捕された主人公に、彼の伯母が手を差し伸べる。主人公は社会に出ている青年伯母は白髪の老婆である。楽ではない状況にある男性と手を差し伸べる金持ちの老婆。『TOKYOタクシー』を思い出した。なぜ、人生が立ち行かなくなった男性を金のある老婆が助ける、という図式が好まれるのだろう。どちらがメインのターゲットなのだろうか。老婆に助けてもらいたい男性か、誰かを助けたい老婆か。この作品も、家族を持たない老婆が、同じく身寄りのない、自分の妹の息子である主人公に手を差し伸べる。彼女にとって主人公に道を用意し、想いを渡すのは慈善事業ではなく、望みである。彼女自身が、自らの生きた価値を、彼に託そうとしている。
主人公が番人として管理するクスノキは、血縁関係にあるものの間で想いを受け渡す媒介者である。物語の中盤まで、クスノキでの祈念が何を意味するのかは隠されているが、中盤で明らかになる。想いをクスノキへと託し、それを血縁関係にある別の誰かが受け取る。儀式を通して言葉を超えた思いがやり取りされる。預けてさえおけば、預けた本人が死んだ後でも、受け取ることができる。この神秘設定が核になっているのだが、少々都合がよすぎる気配もある。物語にはいくつかの組による想いのやり取りが出てくるが、万事うまくいきすぎる印象もある。作者がもともとミステリ作家であることにも起因するのかもしれないが、物語のあらゆるピースがあるべきところに収まりすぎて、ファンタジーであることも含め、リアリティからはだいぶ遠い。そんなにうまくいかないだろう、という感覚が物語への没入を阻害してくる部分もある。
ただ、主人公の姿勢は見習うべきところが多い。彼は敵側の存在からも良い影響を受け、自分の糧にしていく。序盤では無為に日々を過ごすだけの弱い人間だったが、彼には素直さという武器があった。彼の素直な姿勢がその後の運命を切り開く大きな力の一つであったことは間違いない。誰の言葉が自分を鼓舞してくれるかは本当にわからない。彼のように、ニュートラルな気分で日々を受け取れるようでありたいものだ。






















