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天を、地を、世界を、鳴らせ。

蜜蜂と遠雷

ⓒ2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

いきなり本番だ。ピアノコンクールを戦う4人を描いた物語、その予告編を見て想像していたのは、コンクールを目指してそれぞれに奮闘し、さぁ本番を迎えるぞ!というようなもの。しかし本作は違った。「目指して」の部分が描かれないままいきなり本番なのだ。予選ではあるけれど本番である。その展開の速さには度肝を抜かれた。

譜面通り、指示通りに完璧な演奏をするエリート系、指示から逸脱してでも感情を揺さぶるような演奏をする天才系、影を背負ったわけありだけどトラウマを克服したらすごい系、天才からは遠く限りなく一般人だけれどなかなかどうして心に響く系。4人ともピアノコンクールものによくあるステレオタイプなキャラクターだ。しかし。彼らには互いに競うという感覚がない。唯一勝ちにこだわって描かれるのは脇役として描かれている人物だけで、その他は一貫して奏でる喜びを描いている。音楽は素晴らしいという信念に貫かれている。よくあるキャラクターを配していながらまったく新しい感覚の映画に仕上がっているのだ。あっけなく描かれた人物描写は突けば突っ込みどころはたくさんある。でもそんなことは気にならないぐらい、この映画は鳴っている。(映画ライター・ケン坊)

ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム

この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。

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ピアノコンクールものというのは過去にもいくつかあり、だいたい定型がある。実際のコンクールはそんなにわかりやすいものではないだろうけれど、エンターテイメントにしようと思うとどうしたってある種のパターンにはまらざるを得ない。完璧な演奏を見せるエリートピアニストとピアノを純粋に楽しむ天才の対決、世界的な指導者と転落した天才それぞれの弟子対決、一旦落ちぶれてから這い上がる天才の物語、などなど。本作はそんな中にあって、まずそれぞれの指導者というものがあまり描かれない。メインの4人は見事にステレオタイプなキャラ付けをされているけれど、「対決」としては描かれていない。当人たち同士が、あまり競っているという風ではないのだ。むしろ互いに良い影響を与え合い、喜びを分け合っているように見える。

メインの4人のうち、なんとなく素性がわかるのはパパさんピアニストである明石だけだ。彼についてもそう多くが語られるわけではないのだが、描かれている内容だけで一通り納得できるだけの人物像が掴める。しかしその他の3人についてはわからない。マサルは亜夜の幼馴染っぽいことは描かれているけれど、どういう経緯で幼馴染だったのか、彼はそもそも日本人なのか日系人なのかそういったことも描かれない。亜夜は7年間ピアノの世界から離れていたということが描かれ、その7年前にピアノの先生でもあった母を亡くしているらしいことが描かれる。しかしトラウマになったコンクールの出来事の直接の原因が母の死なのか、母はなぜ死んだのか、母が亡くなった直後のコンクールをなぜ棄権しなかったのか、そもそも父親はいないのか。さらに、なぜ今回戻ってきたのか、ということも描かれない。そして謎の天才である塵。彼に至ってはもうほとんど何も描かれない。ピアノの神様とされるピアニストの教え子だ、ということは描かれるけれど、なぜその教えを受けられることになったのか、どこから登場したのかといったことは描かれない。つまり、全般に人物についてはほとんど何も描かれていないのである。さらに、コンクールものとして、コンクールを目指している部分を一切描いていないということは新しい。いきなり予選から始まり、トントンとテンポ良く話が進む。ストーリーはあっけなく描き、演奏はじっくり見せる。これはコンクールという舞台を使って、ストーリーではなく音楽を見せたい作品なのではないか。

そして、そういう観点で見ると音楽についてはかなりこだわりを持って作られている。演奏シーンはフルサイズではないもののしっかりと時間を取って見せ、溢れ出てくるピアノの音に包み込まれるような感覚を覚える。それだけに、終盤、本戦の亜夜の演奏中に審査員が会話するシーンは残念だ。まともな審査員が、天才が完全復活を遂げた演奏中に隣の審査員と話したりするものか。そんな会話は演奏が終わった後ですれば良い。演奏後に亜夜が立ち上がった後、拍手に包まれながら審査員の会話をカットバックで入れればいいのにと思えてならなかった。それ以外はとても良かっただけに、最クライマックスでのこの演出はがっかりであった。

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