サバイバル・ファミリー
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もしも世界から電気が消えたなら

 もしもある日世界から電気がなくなったら、というイフをコメディタッチで描く。家族より仕事のお父さん、スマホ命の子供たち、煙たがられる田舎のおじいちゃんなど、いかにもな登場人物たち。電気が無くなることで普段見失っている大切なことが見えてくるというありがちなテーマ。それだけ取り出すとあまり見どころがないような気配が漂っているが、サバイバル技術はそれなりにちゃんと描かれていて「なるほど感」がある。田舎へ行くと電気が無くてもたいして困らずに生活している人が登場したりして、それも典型的ではあるものの改めて知見を得られる。全体的にシンプルであまり新しさは無い作品だが、魅力的なキャスティングでとても楽しめる。

 SF的イフを描いてはいるが、SFというよりもどちらかというと家族で長距離を移動するロードムービーといった趣の作品である。家族の絆や古い生活の知恵といった、現代人が失ってしまったものを取り戻すことに重きが置かれている。その分各所のツメは甘いので、重箱の隅を突くような見方をすると楽しめない。

 ただ、さすがにラストの展開は少々SF的説得力に欠け、ラストシーンには少々蛇足感を覚えた。皆さんはどのように見られるだろうか。

ディノスシネマズ旭川イオンシネマ旭川駅前で上映中

ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム

この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。

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 電気が無くなったらどうする?というイフを描くわけだが、どうやって電気を無くすのか、という部分が非常に難しい。送電が停止するだけでなく、電池も使えない。手回し発電まで動かない。どうやってこういう状況を作り出すのか。そこに注力するとSFになるわけだが、この作品はそこは適当にお茶を濁し、「とにかく電気が無くなるんだよ。どうする?」という立ち位置でスタートする。

 最初の数日は、「すぐに復旧するだろう」という予測のもと、とりあえず電気がないまま生活する。いよいよおかしいぞ、となってきて人類大移動みたいなことが始まる。主人公の家族は東京から鹿児島まで、自転車で行くという話になる。しかも道中も電気は無いわけだ。無謀すぎる話である。作中では「○日目」という形で経過日数が提示され、その分場所も移動する。だが、それだけの日数を支えられる食料や水はどうやって確保したのか。手に入れるシーンは描かれるものの、そこで手に入れた分がどこまで保つのか、という部分は曖昧だ。また、田舎へ行けば電気が無くても生活できている人たちがいる、というのは確かにあり得るのだが、今の状況を考えると、地方と言えど都市部では東京あたりと同程度の混乱が予想される。本当にかなりの農村、漁村へ行かないと電気なしでの生活というのは難しいのではないか。そうすると日本全国の人口が全部疎開できるとは考えにくい。

 最終的に、2年半ぐらい経過して電気は復旧するわけだが、その間、日本全国の人口がどのように分散して維持されたのか、ということは描かれない。主人公一家については鹿児島の爺さんの家で過ごせたわけだが、そういうわけにいかなかった人たちはどうなったのか。また、2年半も経済活動の大部分が停止した日本が、再スタートしてすぐ元通りってことはあり得ないと思うのだが、その辺も全部目をつむっている。つまりイフを描いてはいるものの、「電気が無くなったらこの一家はどうするのか」という一点のみを描いていて、ほかの家族のことや社会、世界などがどうなるのかという部分にはまったく触れられていない。

 ラストで電気が復旧した後、すぐに元の家で元の生活ができている状態が描かれるが、ここで一気に台無しになった感は否めない。そんなにすぐ元通りになる?という疑問がどうしても拭えないのである。さらに、冒頭との対比で子供たちの意識の変化を見せているのだが、これも蛇足だと感じた。電気が戻ったぞ!という鹿児島の漁村でのシーンで終わっていた方が美しかったのではないかと思えてならない。

2017年2月17日