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ラングドン教授 ダンテの影を追う

 『ダヴィンチコード』、『天使と悪魔』に継ぐラングドン教授シリーズの3作目。そもそも映画化される際に原作とは順番が異なるため、原作では本作の前にもう一作あるのだが、それは後から映画化されるかもしれない。この辺は原作ファンの反感を買っている部分でもある。

 ラングドン教授が謎を解く、というのがこのシリーズの醍醐味だが、本作では謎解きが複数ミルフィーユのように階層化されてなかなか凝った造りになっており、その分ラングドン教授のキャラクタは薄まってしまっている。個人的にはもっとラングドン教授のスペシャルぶりを堪能したかったが、スパイものみたいに入り組んだ本作の話はなかなか面白い。

 もともとこのシリーズは宗教色が強いのだが、本作では直接的な宗教ではなく、ある種の思想を掲げる人物と、それに狂信的に同調する若い世代を描いている。同調するのはとても優秀な若者たち。世界を、人類を、救おうと思うが故に大規模なテロを計画する者たちと、様々な理由でそれを阻止しようとする者たち。誰が善だ、悪だといった価値観では割り切れない構造。謎解き部分は少々物足りないが、その他の部分で考えさせられる作品である。

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ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム

この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。

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 どこぞのカリスマ大富豪が、増えすぎて自滅寸前の人類を救済するために、人類の大部分を殺戮するウィルスをばらまくというテロを計画する。とんでもない大量殺人の計画だが、目的はあくまで人類の救済。人口増加を問題視する声は数十年前から上がっており、大量淘汰によって種の存続を目指すというSFも数多く作られてきた。本作もそれに近い方向のものだと言える。

 このカリスマテロリストは作品の冒頭で死んでしまい、その遺志を継いだものたちがテロの決行を目指す。阻止する側もウィルステロということでWHOが動いているわけだが、ウィルスを横取りして私腹を肥やそうとする一派があったり、目的をよく知らずにテロリスト側をサポートしていた組織が、途中でテロの内容を知って阻止する側に回ったり、様々な思惑が入り混じって隠されたウィルスを探す。そこにわれらがラングドン教授が巻き込まれるわけだが、本作が特徴的なのは、ラングドン教授自身が作品冒頭で記憶を失っており、何がどうなってこの事件に巻き込まれているのかよくわからない、という面白さがある。

 過去の作品では、ラングドン教授が謎に挑む、という図式を軸にしていたわけだが、今回は自分自身がこういう状況になった理由さえわからず、数日前の自分の行動を追うような要素も含まれてくる。様々な思惑を持った人物が登場し、それぞれ偽りを振り回しているため、序盤は何がなにやらさっぱりわからない。この入り組んだ状況を解きほぐすというのが作品の半分以上を占めており、いつものようなラングドン教授の謎解きの部分はかなりあっさりしている。謎はそれほど入り組んでおらず、ラングドン教授の活躍という意味ではだいぶ薄い印象を受ける。

 ネタバレと宣言するまでもなく、このウィルステロは最終的には阻止されるはずだ。テロは阻止したとして、テロリストの目的であった「人類を絶滅から救う」という部分については特に言及されない。たしかにテロリストの戯言と言ってしまえばそうだが、人口増加、環境破壊といった問題が我々の首を少しずつ絞めていることもまた事実である。

 首謀者であるゾブリストがプレゼンで話していたビーカーの中のウィルスの例え。1分で2倍になるウィルスが12時に致死量に達するとき、その一分前には致死量の半分である、今人類はこの11時59分の状態にある、という話。これは倍々ゲームの恐ろしさを端的に表している。ドラえもんでもバイバインという道具で倍々ゲームの恐ろしさを描いた作品があったが、「まだ致死量の半分」と油断していると、次の瞬間いきなり致死量に達する。

 テロは阻止したが、倍々ゲームのほうに対して無策で良いという話でもなく、この作品が投げかけた問いは答えを得ないまま終わっている。

2016年11月4日